大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)3810号 判決 1980年3月28日
本訴原告(反訴被告)
日乃出市場協同組合
右代表者
木村喬至
右訴訟代理人
戸谷茂樹
本訴被告(反訴原告)
青木幸雄
右訴訟代理人
小林勤武
外三名
主文
一 原告(反訴被告)の請求をいずれも棄却する。
二 原告(反訴被告)は、広告等の方法により第三者に対し、「被告(反訴原告)は市場の規約にそむき不当行為をしているため商人会より除外された者である」ことを意味する内容の文書を頒布してはならない。
三 原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し、金三〇万円を支払え。
四 被告(反訴原告)の原告(反訴被告)に対するその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用はこれを四分し、その一を被告(反訴原告)の、その三を原告(反訴被告)の各負担とする。
六 この判決は第三項に限り仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
(本訴につい)
一請求原因1項の事実は当事者間に争いがない。
二請求原因6項のうち、現在被告の販売している品物が原告主張のとおりのもの(塩乾物、かんづめ類、麺類、大ふら類、冷凍食品類、調味料類)であることは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
1 本件市場(日乃出市場と称されている被告を含む二一店舗の商人が入居している原告肩書地一画の市場)は、昭和二七年、川西宇一郎から土地を買い受けた岸本秀二が右土地上に二一店舗の夫々独立した建物を建築することによつて作られたが、右市場の開設に際しては、被告の父青木太七により商人集め等多大の努力が払われたこと、なお、右市場中央の通路部分の屋根は各店舗に共通であるうえ道路に面している市場入口には「日乃出市場」と表示され、市場全体が一棟の建物内に存する外観を呈しているが、各店舗は夫々独立した建物よりなつていること、
2 昭和二七年七月、各建物とその敷地とを夫々買い受けて本件市場に入居した市場内小売業者によつて、会員相互の親睦と市場の発展を目的としていわゆる商人会「日之出会」が結成され、同時に会則も制定されたが、それによると、会員が店舗を他へ譲渡するには会長の承認が必要であること、商人会発足と同時に定められた営業種目(一業種は一店舗とすべきとされたものが多かつたが、魚店、塩干乾物店、菓子店は二店舗、青物店は三店舗とされ、競合する店舗も少くなかつた。)の変更や兼営の場合には総会の決議により決定すること、各店舗の取扱品目を他業種と同一もしくは同種の品目にする場合には会長や異議ある他店との協議承諾を得たうえ総会の決議により決定すること等商人会全体の共同利益確保のための諸条項が規定されたこと、ところで、被告は、昭和二九年頃、鮮魚商を営んでいた中野某より現在の店舗をその敷地と共に買い受けて本件市場へ入居したが、被告の父が本件市場と道路を隔てたほぼ真向いの所で米や雑殻等を売つていたうえ、魚屋は本件市場開設以来僅か二、三年の間に三代にも亘つてつぶれていたため、間もなく右店舗で父同様雑穀類を扱い始めたこと、このため被告は、鮮魚商の引継ぎを希望する商人会との間でいさかいを起こし、同会への入会も認められなかつたうえ同商人会によつて本件市場通路中央に「雑穀店は勝手に営業するもので日之出市場とは関係ありません」などと書かれたビラが貼られるなどしたこと、なお、商人会発足後、会員の中には転業する者や店舗を他へ売却する者もいたが、それらの者はほぼ前記会則の趣旨に従つた手続を踏んでいたこと、
3 このようにして被告は商人会への入会を認められないまま本件市場内の店舗において雑穀類、麺類、乾物商品等を扱い、昭和四六年頃までは商人会との間で前記ビラの件の外は少くとも表面的にはとりたてて紛争といえる程のこともなく経過したが、その間商人会としても、町会長等に仲介を依頼するなどして被告を商人会へ入会させるための話合いの機会をもつたものの、結局右話合いはいずれも円滑にまとまらなかつたため被告の商人会への加入も果たされなかつたこと、昭和四六年、本件市場の改装工事が行われたが、右工事には被告も協力して協力金約五〇万円、改装費用約一〇万円を各支払い、その頃より被告は、従前扱つていた品目の外に更に農林水産物の乾物、コーヒー、かんジュース、かんづめ類をも売り出したうえ商人会の特売に対抗して安売りをするなどしたところ、商人会は被告に対し、「不二家ネクター」、「ネスカフェ」、素麺等取り扱つては困るという五、六の品目を紙に書き出してきたうえ、特価大売出しの新聞折込みのちらし広告に、「青木雑穀店は日乃出市場商人会会則違反のため商人会を除外したものであり、青木雑穀店の苦情、外、責任は当市場は一切負いませんので、お客様各位御了承下さいませ。日乃出市場」と印刷した文書を一回約四〇〇〇枚程宛付近の地域一帯に配布したこと、
4 前記のとおり、原告は昭和四六年九月二二日設立され、同時に定款も作られたが、原告の事実上の前身母体となつたのは商人会であつて、同会会員は原告設立と同時に全員が原告の組合に加入したこと、しかし、被告は依然として原告へも入会しなかつたこと、
5 原告は、昭和五二年四月一日より、各会員が売上げの五%を負担金として支出し、それをプールして福引の資金にあてて福引付大売出しを企画したところ、たまたま被告が他より取得した福引の補助券を使用して客へ渡したことが原告に知れたため、原告は会員でない被告が福引の補助券を使用しているとして被告に対し強く抗議したうえ、原告の大売出し(月四回程)の度毎に、新聞折込みのちらし広告に、被告の店舗の箇所を赤で塗りつぶし、そこに白字で、業種は「雑穀よろず」とし、「此の店は、市場の規約にそむき不当行為をしている為、商人会より除外した者で、特価・諸行事等一切当市場とは関係ありません。」と記載した文書を数千枚宛地域一帯の消費者に配布し始めたこと、そこで、被告は、同年五月頃、原告の右行為を人権侵犯であるとして大阪法務局人権擁護課に申立をするに及んだが、原告は右配布をその後も続けており、今後もこれを中止する考えは有していないこと、なお、被告が現在販売している品目は、塩乾物、かんづめ類、麺類、天ぷら類、冷凍食品類、調味料類等であつて、本件市場内で販売されている商品と競合するものは少くないこと、
以上のとおり認められ<る。>
ところで、原告は、小売市場で営業する商人は、市場全体の機能増進と商人間の共栄共存を図るべく業種や取扱商品の規制を受けることが義務づけられ、これは商慣習として法規範となつており、従つて、原告は商慣習として、本件市場内商人に対し、原告の組合員であるか否かを問わず、業種、取扱商品につき指定権限及び販売中止請求権限を有する旨主張し、右権限に基づき、請求の趣旨一項のとおり、被告に対し、原告の組合員の店舗で販売している商品と競合する商品を販売してはならないことを求めている。
しかしながら、右請求の趣旨一項は請求自体極めて特定性を欠くうえ、右の請求は、つまるところ、本件市場内では互いに競合する商品を販売することはできないとの原則が根拠となつていると認められるところ、右認定事実によれば、本件市場開設当初以来現在まで同業種の店舗も数店あり、互いに競合する品目を取り扱つている店舗もあるのであつて、右のような原則が本件市場内で確立されているといえるかは極めて疑問であり、にも拘わらず被告のみが競合する一切の商品を販売しえないという理由を見い出すことは困難である。のみならず、より根本的な疑問は、原告が、原告の組合員でもない被告に対し、同一市場内で営業をしているというだけで何故に右のような指定権限や販売中止請求権を有するのかという点である。原告は、その根拠を商慣習に求めているが、本件全証拠によるも未だそのような権限を認める商慣習は到底認めることができない。前記原則(競合する商品を販売することはできないとの原告)を承認したうえ原告に加入した会員に対し原告が主張のような権限を行使しうるか否かはともかくとして、そのような原則を承認してもいず、組合員になつてもいない被告に対して、単に同一市場内で営業しているというだけで原告が主張のような権限を行使しうるとの商慣習を認めることは、今日の資本主義経済社会における自由競争を原理とする営業の自由に対する重大な制限を加えることになるのであるから、よほど明確な根拠のない限り、できないというべきところ、右の認定事実によれば、商人会の会則上は、会員の取扱品目の決定や業種の選択等には総会の決議等が必要とされ、事実はほぼそのような会則どおりになされていたことは認められるが、それはあくまで会員間のことであつて、非会員の商人をも含めた間で右のような慣行があつたものでもない。確かに、同一市場内の全商人の共栄、共存を図るには、右全商人が右で述べた会則の趣旨、精神に沿つた行動をとることが好ましいとはいえるとしても、他方において、非会員の商人としての営業の自由の保障を考慮すると、右のような事実から原告主張の如き商慣習を認めることは到底不可能である。
なお、原告は、商人会の会則は現在においても原告の定款六条に定める「規約」として有効である旨主張するが、仮にそうだとしても(右主張にそう原告代表者木村喬至の供述及び証人小川義雄の証言もあるが、右証言等に疑問がなくはなく、又、法人格を有しない単なる任意団体の会則を、仮に、法律に基づき法人格をもつて設立された原告がそのまま承継したとしても、両者の団体としての性質の差等から考え、右会則が原告の「規約」としてそのまま有効といえるかどうかも疑問なしとしない。)、その「規約」としての規範力はせいぜい原告の組合員に対して及ぶのみであつて、会員でない被告には及ばず、又、右承継の事実から前記のような商慣習を認めることのできないのもいうまでもなく、他に右商慣習の存在を認めるに足りる証拠もない。
よつて、原告の商慣習を根拠とした被告に対する販売中止を求める請求は理由がない。
三損害金請求について
原告は、原告の組合員が支出する会費によつてまかなわれる諸費用のうち、市場通路部分の電気代、客用便所の清掃代、衛生費(ハエ、ネズミの駆除等)、消防設備の維持管理代、市場内の装飾代、電気設備の保守管理検査費用の各費用は、被告もその利益を受けているから被告は右の費用を本来負担すべきであり、右被告の負担すべき部分につき原告は同額の損害を受けている旨主張する。
ところで、<証拠>によれば、原告組合員の会費は、営業日一日につき(月四日が休業日)、昭和五三年九月までは積立金(改築等の準備資金、それぞれ各個人のもの)五〇〇円の外、一二〇〇円(本会費四〇〇円、冷暖房費二〇〇円、売出会費六〇〇円)の計一七〇〇円であつたが、同年一〇月以降は本会費が六〇〇円に増額され計一九〇〇円となつていること、右会費のうち本会費の支出内訳は、市場装飾代、宣伝費、地図、寄附金(町内の催物に対し)、消防維持管理費、衛生費(客用トイレの清掃、市場のゴミ等)、組合の事務員の給料、市場としての祝金等であること、ところで、被告は、各店舗毎についている個人メーターに基づく電気、動力及び火災報知器の検査料金等の本来各店舗毎の負担とされている費用の外、市場共用部分の電気代として一日二〇〇円の割合による金員及びネズミ駆除費、防火水槽設置費、防火装置工事費等共益費的費用をも負担していることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
右の認定事実によれば、原告の組合員の会費のうちには組合員でなくても利益を受けている費用部分もあるが、その割合は僅かであり、被告はいわゆる会費こそ納入していないものの、本来各商人が個々に負担すべきとされている費用の外、共用部分の電気代や衛生費の一部であるネズミ駆除費等少くとも共益費的費用の一部分は負担しているのであるから、仮に、原告組合員の会費により被告が費用を負担しないまま恩恵を受けている部分があるとしても、それは割合少いものと認められるうえ、その額を具体的に特定することも困難であるのみならず、そのような被告の利得が直ちに原告に対する不法行為といえるかについても疑問が残り、結局、被告の不法行為を原因とする原告の被告に対する損害賠償請求は理由がないといわざるを得ない。
四よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がない。
(反訴について)
一(本訴について)の二で認定した事実によれば、原告は、昭和四六年及び昭和五二年四月頃から現在までの間、新聞折込みのチラシ広告に、被告は規約違反等の不当行為をしたため商人会より除外されたものである旨を記載した文書を数千枚宛印刷して地域一帯の住民に配布しているのであり、右の行為は、原告の立場からみれば、会員や組合員でない被告が他の商人と協議することなく市場内の商品と競合する商品を広く扱うなどしたことに対する原告やその組合員らの利益を守るための対抗措置としての行為とみれなくはないが、しかし、右の文書配布行為は、商人会に入会もしておらず、従つて、規約違反や除外もありえない被告を、そのようなことが問題となつた昭和三〇年頃から遙か時を経過した後に至つてことさらにそのことを問題とし、市場外の住民に無差別、大量に右文書を配布してこれを知らしめている点において、被告の商人としての信用、名誉を毀損する違法なものと言わざるを得ない。
(なお、仮に、原告主張のとおり、被告は一旦は商人会に入会したが除名されたものであるとしても、このことは被告にとり不名誉なことであり、これを今更もち出してことさら問題とし、広く住民に知らしめている点において、被告の商人としての信用、名誉を毀損するものであることには変りはない。)
ところで、現行法は信用、名誉の侵害といういわば営業的、人格的利益の侵害に対する救済措置として、損害賠償ないし原状回復を認めることを原則としているけれども、営業的、人格的利益を侵害された被害者は加害者に対し、現に行われようとしている侵害行為の排除を求め或いは将来生ずべき侵害の予防を求める請求権をも有するものというべきであるところ、前記認定事実によれば、原告の前記文書配布行為という被告に対する信用、名誉の侵害行為は現に行われ、将来も又生じうることが明らかであるから、被告は原告に対し、信用、名誉の侵害という営業的、人格的利益の侵害を理由として、右侵害行為の予防としての右文書配布行為の事前差止めを求める請求権を有していると認められる。
よつて、反訴請求の趣旨一項は理由がある。
(なお、同項は、ことさらに被告を誹謗する内容の文書の頒布及びこれに類似した行為の禁止をその内容としており、この限りでは請求自体の特定性につきかなりの疑問が残るが、しかし、そのいわんとするところを合理的に解釈すれば、要するに、現在まで頒布され続けている文書の内容と同趣旨の文書の頒布の禁止を求めていると解され、右反訴請求の趣旨一項を右のように解すれば、同項は必ずしも不特定であるとはいい切れないから、同項と同一性を失わず、かつ、主文としての特定性を失わない限度で主文二項のとおり掲げた。)
二被告は、右原告の違法行為により少くとも三〇〇万円の損害を蒙つたと主張するところ、原告の違法行為により被告は信用、名誉を毀損させられたのであり、これにより無形の損害が生じたことも推認しうるところであり、その具体的数額算定は証拠上明らかといえないとしても、違法行為の期間、配布されたビラの範囲等の諸事情を考慮すると、右無形の損害は少くとも三〇万円を下ることはないと認められる。
よつて、反訴請求の趣旨二項は、右の限度で理由がある。
三結論
以上によれば、反訴請求は、反訴請求の趣旨一項のすべて及び同二項のうち右二で認めた限度で理由があるので、右理由のある限度で認容し、その余は失当として棄却することとする。<以下、省略>
(鈴木敏之)